今年の春は世界的なコロナウイルスの蔓延で北イタリアも大きな打撃を受けました。

マスクはもちろん他の自治体への行き来や路上で人と話すことも禁じられ、買い物も一度に入店する人数が制限されたうえ一世帯から一人ずつの入店しか許されませんでした。家族や近しい友人にも会えず、お祭り好きなはずのイタリア人ひとりひとりがこのステイホームで驚くほどの我慢強さを見せました。話を聞くと地域によっては棺桶も足りず、救急車が列をなすほどひどい状態だったそうです。家族や友人を失っても葬儀にも参列できず、社会全体が忍耐と疲弊と強い痛みの中にありました。

そんなロックダウンのさなか、我が家に小さくて強い光のような希望が訪れました。
お腹の中に赤ちゃんがいるとわかったときは夫婦共々喜びでいっぱいでしたがそれと同時に「社会がこの状態のままで我が子が無事に生まれて安心して育つ環境に戻るのだろうか」という強い不安に襲われました。

妊娠初期はつわりもあったので食事も思うようにとれず毎晩深く眠ることもできず、ロックダウン中なので誰とも会うことも話すこともなく、今振り返ると孤立感でいっぱいでした。当時は極力冷静に粛々と日々を送ることに徹していたのでこのようには思わなかったのですが苦しい時期だったのだと思います。

病院と相談の上でずいぶん遅らせた初診ではじめて胎児の姿を見たときのことは忘れられません。まんまるな赤ちゃんを想像していたもののエコーで見る我が子はまだ小さいのに手足がひょろっと長く、夫そっくりの体型だったのです。思わず笑顔になりました。
強く打つ心拍が私たちにエールを送ってくれているようでした。